「ふ…ざけるな…」
「ん? 何だって?」
 ルイナードが、わざとらしく訊きなおしてくる。
 避妊具を目の当たりにした途端、レオンの頭の中がさっと冷えた。
 怒りと羞恥心がないまぜになった気持ちで、レオンはぶるぶると震えた。
 目の前で、男が性行為前の準備を施している。それを阻止する力も、この場から去る力さ
えもない。
 こんな光景を見ることになるとは思わなかった。この家に来る前、いや、ルイナードの瞳の
奥を覗き込むまでは。
 レオンは酷く動揺していた。
「…いい加減にしろ…もうゲームオーバーだ」
 内心を悟られないよう、冷静に諭すように言った。
 ゆっくりと瞬きをしたルイナードが、首を横に振る。
「人の気遣いに気づけないとは…。おまえはしつけに失敗した子供だな」
「何っ…」
「欲しい身体を気が済むまで弄くったら、残る欲求は突き挿れるだけだ。それなのにこうやっ
て、マナーを重視してやってるのに。レオン、おまえというやつは…」
 犯す側の身勝手な論理に、レオンは耳を疑った。しかも、それらのセリフを笑いながら吐く
ルイナードに信じられない思いがした。
「それとも何か? 生の感触を味わいたかったか? レオン…何て淫乱なんだ」
 好き勝手に愚弄されて、レオンは顔を上気させた。
「――っの…!」
「お…っと」
 思いきりしかめ面をして牙を剥くと、両脚を掴んで大きく割り開かれた。
「…っ」
「そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだ」
 揶揄するように言われ、レオンはルイナードの顔目掛けて唾を吐き掛けた。
 殴ればいい。
 これ以上好き勝手に陵辱されるくらいなら、そのほうがずっといい。
 そう思ったが、ルイナードはそんなレオンの希望に反して、ぴくりとも表情を変えなかった。
「…行儀が悪いな」
 頬を手で拭い、肩を竦めた。
「…くっ」
 暴れることができない身体をしっかりと固定され、ルイナードが腰を押しつけてくる。
 猛った熱杭の先が後孔に触れて、レオンは驚愕に目を見開いた。
「う…そだろ…? こんなの…嘘にきまってる…」
 貫かれようとしているその場所へと、無意識に視線を向けてしまう。
 ルイナードが愉快げに口もとを緩めた。
「見たいのか?」
「っ…ちがっ…」
「だったら見せてやるよ」
 レオンの否定の言葉を無視して、ルイナードがレオンの両腕を掴み取った。
「あっ…なっ…?」
 ぐい、と引かれると、レオンの背中がベッドから離れた。
 その拍子に、あてがわれていた凶器の切っ先が、レオンの体内へと潜り込んだ。
「ひっ……あ!」
 レオンの身体が大きくひくついた。
「そんな痛々しい悲鳴をあげるな。まだ入り口をほんの少し開いただけじゃないか。ほら、つな
がってるとこ、見たかったんだろ?」
 そう言いながら、ルイナードはレオンの腕を取ったまま、腰を揺らして奥へ奥へと分け入って
くる。
 身体の中から焼かれるような感覚に、ルイナードの声がまともに聞こえない。
 未体験の痛覚に、レオンはぶんぶんとかぶりを振った。
「ああっ…! っは…やっ…あぁ…っ…」
「締めすぎだレオン。これじゃつらいばかりだ。息を吐け」
「…む……りっ、だっ!」
 酷い圧迫感に呼吸すらままならない。
 ひくっと喉を鳴らすと、ルイナードが動きを止めた。
 そこから奥への侵入こそ止んだが、引き抜いてくれる気配はない。
 視線を感じ、レオンはのろ、と顔を上げた。
 止めろ、と目で訴える。
 その瞳が滲んでいても、拭うことすらできない。ただ睨みつけた。
 じっとレオンを見下ろしていたルイナードが、浅くため息を吐いた。
 視線を逸らし、再びレオンを寝かせて腕を離した。挿入の痛みに萎えてしまっているレオンの
性器に指を這わせてくる。
 びくん、とレオンの腰が震えた。
「あ……やめ…」
 それももう嫌だった。
 自由の利かない手を懸命に動かして払いのけようとすると、その手を掴まれた。
 自身の性器を握らされ、その上からルイナードの手のひらが包み込む。
 そうして、自らの手で刺激を与えさせられる。
「……っ…!」
 羞恥を煽るこの上ない行為に、レオンの首から上が、かっと火照った。唇がわなわなと震える。
 だが、レオンの意思に反して、手のひらの中にある性器は膨張していく。
 レオンは唇を噛んで、くっと固く目を伏せた。
 性器を扱く摩擦音に水気が混じってくるとともに、呼吸が荒くなっていく。
 こんなの違う。馬鹿げている。
 そんな心情をあざ嗤うように、レオンの全身をじわじわと快感が蝕んでいく。
「…う…」
 薄く目を開けると、大きな影が覆い被さってきた。
 ルイナードが一気に腰を進めた。
「あ…ああっ!」
 レオンは喉を逸らして悲鳴を上げた。
 レオンの身体を抱き竦め、ルイナードが深く息を吐く。締めつける肉の感触を存分に味わうよう
に、突き入れたまま腰を回した。
 そうしてから、最奥を突いたものを抜け落ちる間際まで引き、また強く押し込む。
 それを何度も繰り返される。
 打ち込まれるたびに、硬直したレオンの四肢がびくんびくんと跳ねた。
「あっ…あ…いっ…っあ…はっ…は…ぁあ…っ」
 ルイナードが入ってくるたびに、レオンの唇から喘ぎが洩れる。
 なす術なく陵辱を尽くされて、気が狂ってしまいそうだ。それでも吐息は艶かしいものへと変化し
ていく。
「……ぅ」
 目の縁に溜まっていた涙が一筋、頬へと流れた。
 悔しいのか何なのか、わからない気持ちで眉を寄せると、頬にやわらかな熱が押し当てられた。
 涙を唇で掬い取り、ルイナードの濡れた唇が耳に寄せられた。
 やわらかな吐息が耳朶に降り掛かる。
「…レオン…おまえなんだな…」
 静かな低い声で囁かれる。
 レオンは、びくっと肩を揺らした。
 霞む目を凝らしてルイナードを見つめる。
 目が合うと、ルイナードが何か言いたげに唇を開いた。が、すぐに思いとどまるように目を伏せて
苦笑した。
 何だ…? 
 レオンはルイナードの態度に違和を感じた。
「ル……っあ!」
 問い掛けようとすると、ルイナードがレオンの体内から猛りを引き抜いた。
 息もつけない間に、身体が裏返される。
 腰だけを高く持ち上げられ、すぐに後ろから打ち込まれた。
「ひっ…あぁっ!」
 レオンは甲高い声を上げて、猫のように背をしならせた。
 腰を両手で掴まれ、がくがくと揺さ振られると、全神経をそこへと集中させてしまう。
「あぁ…ぃ……っや…ぁあ…ぅ…」
 体内を激しく抉る怒張の衝撃に耐え切れず、レオンは枕に顔を埋めた。
 更に深みへと入り込んでくる熱が、レオンさえ知らない場所を容赦なく犯す。
 いつの間にか痛みは消え去り、悦楽だけが全身を甘く支配していた。
 どんなにいやだと拒んでみても、身体は悦んでしまっている。
 レオンはどうしようもない感覚に震え、喘ぎ、嬌声を零した。
「も…も…ぅや……めろ…やめ…てくれ…」
 自分でも気づけないうちに懇願していた。
 すすり泣く背中に、ルイナードがぴったりと胸を寄せた。
 揺れる視界の中に、力なくシーツを引っ掻く自身の指が映る。その指に絡めるようにして、大きな
手が乗せられた。
 ぎゅっと握られる手。
 レオンはぎくりとして目を瞠った。
 シャツの袖口から覗くルイナードの手の甲には酷い火傷の痕があった。
 甲だけではない。長袖のシャツで見えはしないが、火傷は手首まで続いている。いや、それ以上
にも…。
「これ…は…?」
 ルイナードの手を見つめたまま、レオンは掠れた声で訊いていた。
 動きを止めたルイナードが、ふっと吐息する。レオンの背中にキスを落とした。
「…勲章だ」
 穏やかな口調でルイナードが答えた。
「……勲章?」
 繰り返しながら、レオンの心臓が早鐘のように鳴りだす。
 「あぁ」と言って頷いたルイナードが、レオンの手をより強く握り締めた。
「俺が誇れる唯一の勲章だ」
 レオンの記憶の中の何かが弾けた。
 過去の出来事が、まるで走馬灯のようにひとつひとつ目の前に現れては消えていく。
 最初から何かが引っ掛かっていた。
 いろんな偶然が重なりあった。
 失くしたまま忘れていたパズルのピースが思わぬ場所で見つかる。そのピースに手を伸ばし握り

締めると、ひとつの可能性が浮かび上がった。
 しかし。
 レオンの導き出した答えが正解ならば、ルイナードの身勝手な行為に必死で抗うこの思いはどこ
へどうすればいいのだろう。
「…あぁ……ルイ…アンタ…まさか…」
 懸命に首を回して、ルイナードを顧みる。
「まさか…」
 ルイナードが瞼を伏せた。
 記憶の中にぽっかりと空いた場所、レオンはそこにピースを嵌め込んだ。
「…………マイク?」
 レオンの唇がその名を呼ぶと、ルイナードがゆっくりと双眸を開いた。

desparate sex06に続く

2005,08【初】
2010,09【改稿】 

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