肯定も否定もしない瞳と唇。
 彼のその表情が、レオンに真実を教えた。
「あ……あぁ…マ…マ…イク」
 驚きと動揺と、あとは理由の分からない苦しさで、胸の中が狂喜乱舞する。
 レオンはしとどに涙を零した。
「レオン」
 低い声で甘く囁いて、マイクはレオンの身体を向き直らせた。そしてきつく両腕で抱き
締めてきた。
「マイク、おれ…俺は…」
 マイクの胸の中で顔を上げると、唇を塞がれた。
 言葉が途切れる。
 わななく唇をやわらかく食む。探るような動きで、舌先が口内へと滑り込んでくる。
 レオンは戸惑った。
 だが拒絶などできなかった。
 むしろ、マイクの熱を確かめたいと思った。
 行くことも戻ることもできずに震えている舌が、そっと絡め取られる。強く吸われて、
レオンの肩がびくりと震えた。
「…ん」
 唇の端からくぐもった声が洩れる。
 レオンは瞳を閉じて、戸惑いながらもマイクに応えた。自ら舌を触れ合わせ、絡めた。
 マイクが上顎をくすぐると、レオンはマイクの裏側を優しく撫で、マイクが奥へと侵入し
ようとすると、レオンは喉を開いた。
 二人をつなぐ粘着音と波の音だけが部屋に響いている。
 レオンは、夢と現の境界線が分からなくなっていた。
 ぼんやりとした意識の中で、まるで贖罪のようにマイクの体温を受け入れた。
 ちゅ、と音をたてて唇が離れる。
 温かな吐息が、濡れた唇を優しく撫でた。
「レオン」
 もう一度呼ばれて、レオンはゆっくりと瞼を押し上げた。
 とうに陽が傾いていて、レオンはマイクの濃い影の中にいた。
 影の中に浮かび上がってくるマイクを真っ直ぐに見詰める。
 マイクもじっとレオンを見下ろしていた。ほかに何も見ていないかのように、彼の瞳の
中にはレオンの姿しか映っていなかった。
 このマイクの目を、レオンはどこかで見たことがある気がした。
 だがそんなはずはない。
 あの忌々しい任務のとき、初めてマイクに会ったのだ。それも、顔を合わせたわけで
はない。
『オレはマイク。よろしくな』
 ヘリからの無線越しの声。それがレオンにとってはマイクに対するすべてだった。
「…逢いたかった」
 深く考え込んでしまいそうになったとき、切なそうな声音で囁かれた。
「マイク…」
 どうしていいのかわからない。
 やるせないため息が零れる。
 レオンは無意識に、マイクの首もとに額をすり寄せていた。
 動かないはずの腕を懸命に持ち上げて、マイクの背に回す。
 とんとんと指先で打つと、体内に埋め込まれた熱がドクリと震え、質量が増した。
「……っ」
 圧迫感に眉を寄せるレオンの額に、優しく唇が押し当てられる。
 力の入らない指先でシャツの背を握ると、マイクがそれを脱ぎ捨てた。そして、レオン
の肌の上に残ったままのシャツを奪うように剥ぎ取った。
 素肌どうしが触れる。マイクの体温を直に感じて、レオンは深く息をついた。
 胸と胸をぴたりと寄せ合い、マイクがゆっくりと腰を動かし始めた。
「ん…あ…」
 圧倒的な力で一方的に貪られる感覚から一転し、ゆったりとしたじれったい刺激を与
えられる。
 先ほどまでの痛みや、どうしようもない感覚とはちがう。
 体内を深く抉るマイクの熱がレオンの身体に同化していくような、まるでひとつのもの
になるかのように溶け込んでいく。
 敏感な襞をゆるゆると摩り上げながら、時折ゆっくりと深く穿たれる。
 そんなマイクの動きに操られるように、レオンの身体は甘ったるい痺れに支配されて
いった。
「あ…っ…んっぅ…はぁっ…は…ぁ」
 段々と速くなる抽挿に、喘ぎ声と同時に息も上がっていく。
 知らず知らず、レオンはマイクの動きに合わせて腰を揺らしてしまっていた。
「あぁ…マイク…」
「…レオ…ン」
 耳に吹き込まれる艶っぽい声に、レオンの全身が疼いた。
 こんなことを求めていたわけじゃない。でも、今は欲しかった。
 マイクに奪われる感覚が、たまらない快楽を生んでいる。
 己の身体を犯す熱がマイクのものだと知った途端に、淫乱な欲望が芽吹いていた。
 顔を知らない。記憶の中に残る声すらも、近い将来には、うっすらとしたものになって
いただろう。
 だけど、マイクはレオンを地獄から救ってくれた人だ。
 今こうしてレオンが生きて、呼吸をして、熱を感じていられるのもマイクがいてくれたお
かげだ。だがしかし、レオンが生き延びた代わりに、マイクは死んだ。
 マイクに対しての感謝と懺悔の日々はこれからも続くだろう。
 そう思っていた。
 けれど。
 自身の目の前で死んだはずのその人が生きていたのだ。
 こうして温かさを失わずに。
 霞む視界の向こう側を、レオンは目を凝らして見た。
 大きな背中、肩、腕。
 身体じゅうを蝕むケロイドの皮膚。
 レオンはマイクの肌を指先で撫でた。
「レオン…」
 名前を呼びながら、頬に手を添えられる。
 胸が張り裂けそうになった。
「マイ…」
 返事をしようとすると、潤んだ左右の瞳に交互に口づけられた。
 あまりにも優しく、なだめるように触れられて、らしくなくレオンの胸が震えた。
 潤んだ瞳で見返すと、
「愛してる…」
 泣きそうな顔で告げられた。
 レオンの心臓が大きく跳ねた。
「あ…俺…俺…は…」
 何を言おうとしているのか、自分でも分からない。勝手に唇が動く。
「…は…マイ…俺は…」
 胸が痞えて言葉にならない。
 言葉を待たず、マイクがゆったりと微笑んだ。レオンを抱き竦めると、彼は再びゆっくり
と動き始めた。
「あっ…」
 レオンの身体はすぐに昂ぶった。心も。
「んっ…ん…ぁっ」
 打ち込まれるたびに嬌声が上がる。
 心地好い体温。この体温が離れずに。消えないように。
 レオンは、ずっとそう願っていた。
 
 
 


 かたかたという音で、レオンは目を覚ました。
「…う」
 頭が痛い。
 最初に感じたのがそれで、レオンはこめかみに手を遣りながら、ゆっくりと両目を開い
た。
 部屋の隅に置かれているランプに灯りが点っている。木目の壁と開口窓が目に入った。
見慣れない景色だ。
 ここはいったいどこなんだろう。
 レオンは眉間を寄せながら、上半身を起こした。
「…っぅ!」
 途端、下半身に鈍い痛みが走り、前のめりになる。何も身に着けていない自身に気づ
いた。
「…え? あ…これは…」
 不可思議な場所の痛みと、全裸の自分。
 戸惑いを感じる前に、レオンはすべてを思い出した。
「マイク…」
 唇がその名前を呼んでいた。
 彼の姿はない。慌てて触れたシーツは冷たかった。
 だが、取り戻した記憶が夢でないことはわかる。
 ここはレオンが訪ねてきたルイナードの、いやマイクの家だ。
 部屋の開口窓には、ロールスクリーンが掛けられている。半分ほど下ろされたスクリー
ンの向こう側は闇だった。
 風と、静かな波音だけが聞こえる。
 部屋には、ほんの微かだがマイクの香りが残っている。
 しかしマイクの気配は感じられない。
 この家に自分以外の人間がいないことが、レオンにはわかった。
 ベッド脇の椅子の上に、レオンの服がある。
 ベッドから降りると、レオンはそれらを身につけた。
 無人のベッドに目を落としてから寝室から出る。
 リビングとして使われていた殺風景な部屋。
 ハーフサイズのボトルと、クラッカーの乗ったプレートがテーブルの上にあった。
 そこは、レオンが訪れたときのままのように感じた。
 かたかたという音がしていて、レオンはその音のする方向へと視線を向けた。
 風が開いた窓を揺らしていた。
 自分を目覚めさせた音の正体を知って、レオンはふっ、と短いため息を落とした。
 窓に近づく。
 底の厚いコーヒーカップが窓辺に置かれている。
 マイクが持ち去ったのだろうか。白百合と水色の小花、それがなかった。
 レオンは、窓の外へと視線を流した。
 そこには海があるだけだった。
 ただ、寄せては返す波があった。
 永遠を感じる光景を見詰めながら、ふとレオンはあることを思った。
 マイクはもう帰ってこない。
 永遠に、二度と会えない、と。
 きり、とレオンの胸の奥が痛んだ。
 マイクは何のためにレオンに逢ったのだろう。一度きりの関係のために、彼は何を犠牲に
したのだろう。
 それは、考えてもレオンにはわからないことだった。
 季節が移れば、今は穏やかな波音も様を変えるだろう。
 レオンの胸奥に息づいた、この甘く切ない疼きはどう変わるのだろうか。
 レオンは、ぎゅっと強く目を閉じると、ゆっくりと踵を返した。
 玄関の扉を開けて、外へ出る。
 ここで起こったこと、それはすべて幻だった。
 そう自身に無理やり言い聞かせた。
 扉を閉める瞬間。
 愛している――。
 そう聞こえた気がして、レオンははっ、と顔を上げた。
 マイクがいるはずはなかった。
 レオンは自嘲気味に笑みを洩らすと、首を左右に振った。
 幻と、自身の想いを封じ込めるように、そっと扉を閉めた。
  

<desparate sex END>

2005,08【初】
2010,10【改稿】 

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