「あいつはこの海が好きだった」
 ルイナードの声に、レオンは振り向いた。
 懐かしむような眼差しで、彼が窓の外へ視線を泳がせていた。
「そうやってそこに座って、よく眺めていた」
 レオンの前を通り過ぎると、底の厚いコーヒーカップに活けた花を窓辺に飾る。
レオンは花を一瞥してから、口を開いた。
「マイクには本当にすまないことを…」
 大きな背中に向けて言うと、ルイナードは振り返らずに首を横に振った。
「あいつが自分で考えて行動した結果だ。それよりも君が元気な姿を見せに来てくれて、弟は喜
んでいるさ」
「でも、ルイナードにとって大切な弟を俺は…」
「いいんだ」
 向き直ったルイナードが、レオンの言葉を遮る。
「あいつが命を賭けて護った君だ。そんな君を俺も大切に思う」
「…ルイナード」
「ルイでいい。俺も親しみを込めて、レオン…そう呼ばせてもらうから」
 うっすらと伸びた顎鬚を照れくさそうに撫でた。
「それより何か飲まないか? 外は暑かっただろう? ビールが冷えている。あぁ、そうだ、美味
いサラミがあるんだ」
 レオンが両眉を上げて応えると、ルイナードはリビングの端に置かれた大きなクーラーボックス
の蓋を開けた。
 中からハーフサイズのボトルを取り出して栓を抜き、レオンに手渡した。それから簡単なつまみ
を用意してテーブルに並べる。
彼はレオンの向かい側のソファに座った。
 ボトルを掲げるルイナードに、レオンはどうしたものかと困る。
弔いで訪れたのだ。乾杯などしていいのだろうか。
 ボトルを膝の上に乗せたままでいると、ルイナードがふっ、と吐息で笑った。
「マイクとレオンに乾杯」
 ガラスのぶつかる高い音が部屋に響く。身を乗り出したルイナードが、レオンのボトルに自らの
ものを打ち合わせてきた。
 ウインクをよこされ、レオンは漸く笑みを零した。
 無塩クラッカーにサラミとバターを乗せ、レモンを搾ってみせる。「これが美味いんだ」と、ルイナ
ードが頬張った。
「マイクの好物だ」
 微笑みながらプレートを差し出され、レオンもひとつ摘んだ。彼の真似をして口の中へ放り込む
と、ルイナードが嬉しそうに笑った。
 おもむろに立ち上がったルイナードが、傍のホールテーブルへと足を向けた。
テーブルの上には、年季の入ったレコードプレイヤーがある。彼が針を落とすと、静かなピアノ
の調べが部屋に流れた。
 レオンは僅かに両目を見開いた。
クラシックには詳しくない。だがこの曲は知っている。
「…ショパンか」
「デカい形の見た目には似合わない……クラシックが好きな奴だった…」
背を向けたままのルイナードが頷く。
こんな偶然があるものなのか、とレオンはいたたまれない気持ちになって俯いた。
レオンがこうして生きているのは、あのときマイクが来てくれたからだ。しかし、来たからこそ、
彼は死んだ。
マイクを愛する家族から奪ってしまった。
そんな罪悪感が、今になってまたレオンに大きく伸しかかった。
湿気がないせいか、外の暑さが嘘のように部屋の空気は涼しい。開け放たれた窓から吹き込
む優しい潮風が、癖のないレオンの髪を揺らす。
「……隣に行っていいか?」
 静かに呟かれた声に顔を上げる。
至って真摯な表情をしたルイナードが、真っ直ぐに見詰めてきていた。
 レオンは黙って二度首を縦に振り、隣を空けた。
 ゆったりした歩幅でルイナードが傍へくる。
 ソファが軋み音をあげた。
「……この横顔が特に好きだ…と、言っていた」
「――え?」
 レオンがルイナードの方へ首を回すと、いきなり顎を掴み上げられた。
「な…っ…!」
 咄嗟に払い除けようとしたが、ルイナードの力はレオンと同等、いや上回っていた。
 レオンはあらゆる特殊な訓練を受けた合衆国政府のエージェントだ。体術にも長けている。
 そのレオンが、例え不意打ちであろうとも拘束されてしまっている。体格差があるといっても、
相手は一般人だ。
 レオンは目を瞠った。
「ぐぅ…っ…何を…っ」
 大きな手に喉を握られて呻くレオンに、ルイナードが顔を近づけた。
「やっぱり綺麗な…好きな顔だ」
 ルイナードの眇めた双眸が目前に迫る。射殺されてしまいそうなくらいに鋭く、強い視線だ。
 何とか逃れようと、レオンは身体を大きく捻った。が、片手で腰を掴まれ、難なく押さえ込まれ
てしまう。
 こんなはずじゃ…。
 狼狽したレオンは、自身の手足が徐々に力を失っていっていることに気づいた。
「……な……これ…は…」
 いやな気がした。
 額に汗が滲んでくる。
 上目で見遣ると、ルイナードが妖しく細めた双眸で見下ろしていた。さっきまでとは全く別人の
ような表情。まるで獣だ。
 レオンは息を呑んだ。
「今日はマイクの命日だから、特別に催淫剤入りをご馳走させてもらったよ」
――――やはり薬か。
どうやらクラッカーに入れられていたようだ。
完全なオフの日にプライベートな訪問。しかもその訪問先はマイクの兄の家だ。
ちょっとした気の緩みと贖罪。こんな結果を招くとは思いもしなかった。
しかし、まさか催淫性の薬だとは想定外だった。
何のために…。
「…弟の仕返しのつもりか?」
 あえて冷静に問う。ルイナードが皮肉を含んだ笑みを浮かべた。
「さぁ、それはどうだろうな」
「…俺を殺す…つもりなのか?」
 ふたつめの問いには、はっ、と呆れたように笑った。
 霞んできた視界の中、ルイナードが顔を寄せてくる。
「生かしながら地獄へ…いや、天国へ送ってやろうか」
 耳元に口をつけて低く囁かれる。
 ろくに低抗できなくされた身体を、ルイナードがソファの上に仰向けに押し倒した。レオンの両
脚の付け根に跨り、両手を頭上に捻り上げられる。
 レオンの自由を奪い、ルイナードは片手でレオンのTシャツの裾を捲り上げた。
「…っ、何……やめっ!」
 露になった胸元に、ルイナードの淫靡な視線が注がれる。レオンは彼が何をしようとしている
のかをはっきりと悟った。
 頭から血の気が引いた。強がって睨んでみても、奥歯がかちかちと鳴る。
 そんなレオンを見下ろして、ルイナードが薄く笑った。
「素晴らしい。たまらないな…」
 鍛え上げた美しい胸筋を慈しむような手つきで撫でられる。
 レオンは動かせない身体の代わりに、目線を横に逸らした。
 ルイナードの熱が肌の上を這い回る。怯えるように隠れる胸の粒の周りを、指の腹でゆっくり
と弄られる。
「……く…っ」
 男でもそこは性感帯だ。熱くざらついた指先で触れられると、レオンは思わず声を出してしま
いそうになった。唇を噛んで耐える。
「こら、強く噛むな」
 子供のように優しく叱られる。
 レオンは視線を正面に向けた。
 ルイナードの表情は、レオンを拘束したときの獣のようなものではなくなっていた。真っ直ぐ、
熱っぽい眼差しで見詰められていた。
 何かを言いたそうなルイナードの瞳に、レオンは戸惑った。
「ルイ……あん…た…」
 レオンが口を開くと、ルイナードが、はっと我に返ったように目を見開いた。レオンの言葉を遮
るかのように、右胸を乳輪ごと摘み上げられる。
「っあ…う!」
 強烈な刺激に、レオンは白い喉を晒して仰け反った。
 ルイナードは低く笑って、苛めたそこに、今度は慰めるようにキスを落とした。
 
 

<desparate sex03に続く>

2005,08【初】
2010,03【改稿】

 

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