こんなに寛いだ気分は何時ぶりだろうか。
 シャワーを浴び、部屋に戻ったレオン=S・ケネディは、ラジオのボリュームを上げた。
 部屋に流れている音楽は、気に入りのロックではなくクラシックだ。それでも静かな雨の日なら、
ショパンの旋律も悪くない。
 七月がもうすぐ終わる。
 夏の昼間だというのに空は薄暗く、時計を見なければ時間が分からない。
 合衆国のエージェントとして活動するレオンは、今日から久し振りの長期休暇の予定だった。
 極秘任務で、大統領令嬢のアシュリー・グラハムを救出したのは半年前。その任務は、レオンに
忌まわしい過去の記憶を甦らせた。
 彼女と別れた腹いせと、ちょっとした好奇心…。
 あのときの自分の行動を、軽率という言葉に置き換えるには重過ぎる人生を背負ってしまった。
 逃れられない渦中に巻き込まれている。ラクーンシティに足を踏み入れたあの日を境に、己の未
来を他人に握られてしまった。
「…これだけか。まずは買い物だな」
 冷蔵庫の中を覗いて舌打ちし、レオンは唇の片側を吊り上げた。
 ドイツビールの缶を一本取り出して、ドアを閉める。
 自嘲気味に笑う癖。向こう見ずな正義感の代わりに身につけたのは、鍛え上げた身体には不似合
いなそんな癖だった。
 プルタブを弾き上げ、泡で濡れた指を舐めながら、レオンは寝室へ戻ってベッドに腰掛けた。
 これといって予定はない。無理をして立てる気もない。
 数日はこうしてのんびりと過ごそう。そう思っていた。
 そのためには、やはり買い物に行かなければならない。
 酒はある。ミネラルウォーターとオートミール、ミルクにチーズ…それとハム。あと、冷凍ピザ
があればいい。
 ビールに口をつけながら考えて、独り肩を窄めた。
「結構あるな。ケータリングのほうがよさそうだ」
 馴染みの業者に電話しよう。そう思いついて、ベッドサイドテーブルへ目を向ける。携帯が二台
並んでいる。
 缶を片手に、プライベート用へと腕を伸ばした。すると手に取る直前に呼び出し音が鳴った。
「――woops!」
 びくっとして、反射的に手を引く。
「ふぅ…」
 ため息して睨んで見た液晶画面には、知らない番号が表示されている。
「せっかくの休日なんだ。セールスなら勘弁してくれ…」
 レオンはため息をついて、ビールの残りを喉に流し込んだ。
 ラジオを消して、携帯の代わりにテレビのリモコンを手にする。スイッチを入れると、NFLの
試合の映像が流れた。
 電話は設定コール数を鳴らして切れた。しかしレオンがベッドに寝転がると、また鳴り始めた。
「……」
 ちら、と携帯へ視線を流す。
 普段ならば、覚えのない番号からの電話には徹底的に無視を決め込む。だが今日は、なぜだか妙
な胸騒ぎを覚えた。
 切れた電話が、間を置かずして鳴る。それが三度続いて、漸くレオンは上半身を起こした。
 躊躇しつつも、やっと端末を手に取る。
「……Hello?」
 呟くように声にすると、落ち着いた静かな声が返ってきた。

 

 

「いい匂いだな」
 低く穏やかな声。
 レオンから花を受け取った男は、だがしかし、「男の独り住まいだから花瓶がない」と、苦笑し
ながら、幅の広い肩を窄めた。
「何か探してくる。あぁ、そこへ掛けて、楽にしていてくれ」
「ありがとう」
 男が奥のキッチンへ向かうと、レオンはリビングのソファに腰を下ろした。
 西日が差し込む、殺風景な部屋。開け放した窓からは、夕陽に赤く染まる海が一望できた。
 
 しつこくかかってきた電話は、マイクの兄だと名乗る人物からだった。
 孤島での万事休す状態のレオンを救った救援ヘリのパイロット、それがマイクだった。
 緊急事態を何とか切り抜けた先の崖で無線を通して言葉を交わした直後、レオンの目前でヘリは
サドラーに撃墜された。
 帰還したレオンは、自分のために命を落とした戦士の身元を調べた。
 しかし、当時にヘリが救援に出たという記録は、どんな資料を探しても見当たらなかった。閲覧
できた資料には、無断で空母から飛び立った一機の軍用ヘリが消息不明となっているという事項が、
小さく記載されているだけだった。
 次の任務に当たることになったレオンは、一旦、マイクの調査を中断した。
 それでも、彼のことは、ずっと胸の奥に引っかかったままだった。だから、彼の親類からの連絡
は、願ってもないことだったのだ。
 いつしか雨は止んでいた。
 白百合に水色の小花を合わせた花束を持って、レオンは伝えられた住所までバイクを飛ばして来
た。
 海岸沿いの一本道の脇、ベージュ色の外壁の一階建ての家。
 手ぐしで髪を直してから、レオンは玄関ドアをノックした。すると、まるで待ち侘びていたかの
ように、すぐに中からドアが開いた。
 現れたのは、レオンよりも背が高く、がっちりとした体躯の男だった。
 気温も湿度も高い日だというのに、色の濃い長袖のシャツを着ている。そのことを些か不思議に
感じながらも、「よく来てくれたな」と声をかけられると、レオンは二度、小さく頷いた。
 人懐っこい笑みを浮かべた白金の髪色の男――彼がマイクの兄、ルイナードだった。
 

<desparate sex02に続く>

2005,08【初】
2010,02【改稿】

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