「クラウザー、でかけよーぜ」
 またレオンが突然やってきた。
 この部屋の鍵を渡したことが間違いだった。ねだられても鍵を渡しさえしなければ、
チャイムを無視して居留守をつかうこともできる。
 だが鍵を開けて部屋に入ってこられるとそれはかなわない。
 いまさら返せと言ったところで、おとなしく返してくれるはずがない。こいつのことだ。
次の任務先がどこなのか、長期なのか、まさか女ができたのか、としつこく訊いてく
るに決まっている。
 連絡もなしに突然くるな。半月ぶりの休日なんだ。勘弁してくれ――などと正直に
言おうものなら、もっと厄介なことになる。
 機嫌を損ねたレオンの相手ほどきついものはない。どんな過酷な任務よりコンプ
リートが難しい。
 だからといって、俺はこいつと離れる気はない。
 だからよけいに厄介なんだ。
 
 
「WAO! ハイランダーのハイブリッドじゃん! いつ買い換えたんだ?」
「一昨日納品されたばかりだ」
「一昨日? だったら俺が助手席一番乗り?」
「あぁ」
 ほんとうは、昨日、近所の子供を乗せた。母親とふたり暮らしの子供だ。母親の具
合が悪く、俺が代わりに幼稚園まで迎えに行った。
 けれど、ちがうと言えば、そこで話が硬直するだろう。必要な嘘だってあるのだ。
 子供のようにはしゃぎながら、レオンが助手席に乗り込む。ガレージシャッターのス
イッチを押して、俺は運転席のドアを開いた。
「新車の匂いだなー」
 レオンは、ご機嫌な様子で車内アクセサリーをいじっている。
 こいつは憶えているんだろうか。三カ月前、ネットで見たこの車がほしいと言ったの
はレオンだということを。カラーもレッドにした。それもレオンが気に入った様子だった
からだ。
 まぁいい。わざわざ口に出すのもまた厄介だ。
「で? どこへ行くんだ?」
「んー?」
 俺の問いには答えず、レオンはカーナビに行先を登録した。
「夕方までには戻れる場所だろうな?」
「なに? なにか予定あったの?」
「…注文していたものを店に取りに行こうと思っている」
 ふぅんと鼻を鳴らして、レオンが腕時計に視線を遣った。
「まだ昼過ぎじゃん。大丈夫、遠くないから。じゃ、出発!」
 頭の後ろで両手を組んで、レオンがシートに凭れた。すっかり寛ぎ体勢だ。
 しょうがない。信用するとしよう。
 俺は車のエンジンをかけた。


 雲ひとつない快晴だ。
 ファストフードのドライブスルーに寄った車は、海岸沿いのハイウェイを南に下ってい
た。
 助手席のレオンは鼻歌を唄いながら、チキンのナゲットを口に放り込んでいる。海を
眺め、時折、俺の口にもナゲットやらポテトを持ってくる。
 そういえば昼食はまだだった。パスタでも作ろうかと思ったときにレオンがやってきた
のだ。
 口の前に持ってきたものに食いつくと、なにが気に入ったのか、レオンは何度もそう
してきた。
 終いには、ニヤニヤ笑いながら、半分かじったナゲットを持ってきた。
 レオンの食べかけならべつにかまわない。だが、試すような笑いが気に入らない。
 ギロリと睨んでやった。
「えー…なにその怖い顔」
 レオンが不服そうに唇を尖らせた。
「俺だったらクラウザーの食べかけでも全然気にしないのに。なんだよ、ちぇっ…」
 泣きそうな顔をして、ふいと向こうをむく。
 ほらきた。わかっているんだ。これはいつものこいつの演技だ。わかっているんだが
…。
 俺は、ため息をついた。
「すまん…ほら、早く食わせろ」
 レオンがぱっと顔を上げて、こちらを見た。悪戯な笑みを浮かべている。
 なぜ俺が謝らないとならないんだ、と思う。しかしそうしないとややこしい。
 ほかのだれよりも扱いづらい。ほんとうに厄介だ。
 再度、食べかけのナゲットが口もとに持ってこられる。
 懲りないやつめ。そう思いながらも、俺は思いきり口を開けた。
 白い指が視界に入って、咄嗟にレオンの指ごと食いついてやった。
「うわっ…」
 驚いたように、レオンが声をあげた。
 片手をハンドルから放して、レオンの手首を掴む。白い指先二本を口に含んで舌を
絡める。音をたてて強めに吸ってやると、レオンがびくっと震えるのがわかった。
 ちら、と視界の端で見たレオンは、なんとも困った顔をしていた。
 指先にキスを落としてからゆっくり解放してやると、慌てて腕を引いた。
「…っ、にすんだよ! この変態っ!」
 罵声を飛ばす声が上擦っている。
 やりにくいやつだが、わかりやすいところがある。
 おかしくて、つい鼻で笑ってしまうと、右頬に冷たいものが飛んできた。
「――っ?」
 頬に手を遣って横を見ると、レオンが眉を寄せて頬を膨らませていた。ドリンクカップ
を手にしている。
 まさか――。
 目を剥く俺に向けて、レオンが口からコークを飛ばしてくる。
「ちょっ…やめ…っ」
 また顔に吹きかけられかけて、咄嗟に避けた。すると、首や肩、ズボンにかかってし
まった。
「レオン!」
 声をあげると、レオンがふんっ、と鼻を鳴らした。
「お返ししただけじゃんか」
 お返し? 俺がレオンの指を舐めたからか?
 自然に眉間が寄った。
 指を舐めて、コークを吹っかけられるなんて、それはどう考えても割りに合わない。
 いますぐ車を止めて叱ってやろうと思ったが、ハイウェイを走っていてはそうもできな
い。
 それなら…。
「ハイウェイを下りたら引き返すからな」
 そう言い渡して、カーナビの登録先を消去しようと手を伸ばした。その手をレオンに
払われる。
 俺がレオンのほうを見るより先に、レオンが身を乗り出してきた。肩に手をかけ、俺
の耳を舐めた。
 ぎょっとして見遣ると、ピンク色の舌先をちろちろと動かして、レオンが首を傾げた。
「だからお返しだって」
「……は?」
「足りない? 俺、負けず嫌いなんだよな」
 こいつはなにを言っているんだ?
 ほんとうに理解に苦しむ。
 レオンがどんな答えを望んでいるのか検討もつかない。
 だから黙っていると、
「足りなければ、倍返ししてやるけど?」
 一層わからないことを口走って、いきなり俺のベルトに手をかけてきた。
「お、おいっ」
 びっくりした。焦って止めようとした片手が、邪魔だと言って払われる。
「ちょっと待て、レオン! なにしてるんだ」
「お返し。俺もしゃぶってやる」
 ズボンのファスナーを下ろされて、ようやくレオンがしようとしていることがわかった。
 いや、冗談だろう。こんなところで。
 そう思ったが、実際に自身のペニスが取り出されると、俺の頭からさーっと血の気が
引いた。
 
 
 
<厄介なSAKURA 後編へ続く>

   2011,04up

また思いつきで変なものを書いてごめんなさい。
今回はジャックさん視点で書いてみました。
季節もの的なSSなので、続きを早く書かないと…ね。

 

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